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記憶の風景 戦後70年 帰島かなわぬ激戦の地 小笠原諸島・硫黄島

6d ago
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東京から南へ約1250キロ、太平洋に浮かぶ硫黄島(東京都小笠原村)。先の大戦末期、米軍との激しい戦闘で日本兵約2万1900人が戦死した「玉砕の島」に6月中旬、かつての島民らが上陸した。 海岸でも噴煙が上がり火山特有の腐った卵のような臭いが鼻をつく。海上自衛隊の観測では年に1メートルほど隆起する場所があり、1キロ沖の小島も陸続きになった。活発な火山活動の一方で、艦砲射撃で焦土と化した土地にガジュマルが生い茂り、戦いの爪痕はジャングルに消えつつある。 小笠原村では島内の施設に1泊する訪島事業を毎年行っている。今年は40人ほどの旧島民とその家族に加え、遺族会や小笠原村民などが慰霊のため上陸。強い日差しと地熱による猛暑の中、地下壕(ごう)や慰霊碑などを巡り、亡くなった人々に水を手向け冥福を祈った。旧島民は伸び放題の草木をかきわけ自宅へ〝里帰り〟した。 多数の不発弾や火山活動などを理由に、政府は「島民の帰還は困難」との姿勢を崩さない。「疎開は続いている。こんな悲しいことはない」と、15歳で島から避難した山下憲二さんは話す。「着の身着のまま漁船に乗り、甲板で毛布に身を隠し米軍の機銃掃射を恐れながら1晩かけて父島に着いた」。山下さんの記憶は鮮明だ。 都心から片道40時間近い船旅、猛暑…。故郷を訪ねるのは容易ではない。旧島民の高齢化が進み、子供や孫の世代が代理で里帰りするケースもある。しかし、故郷への思いは変わらない。「生きている家族は私だけ。来年も帰ってきます。たとえ腰が曲がっても」。島で兄2人を亡くした奥山登喜子さんは帰路の甲板で、遠ざかる島を見ながらつぶやいた。